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ジャズ上達の要。耳コピについて考えること

更新日:3 日前



 

 ジャズの上達には耳コピが欠かせない。と言われていますし、私もその点について他の記事でも述べている通り、完全に同意です。むしろ、上手い人とのアンサンブル経験や、楽器演奏のための技術的な個人練は例外として、耳コピ以外で直接ジャズが上手くなる方法があれば、知りたいくらいです。


 何かしらの媒体で学習をし、耳コピをしないで上手くなっていると思っている人は、先人がさらにその先人の耳コピをして得た知見に乗っかっているだけのはずです。しかし、だからと言ってジャズ初心者相手に「ジャズが上手くなりたければ耳コピが全て。好きな演奏者をコピーしていれば自然に上手くなっていく。」と言って、耳コピを全知全能の練習方法として、水戸黄門の印籠の如く振りかざすだけでは、それはただの思考停止だと思うのです。


 なぜなら、ジャズのアドリブを耳コピするのは、人によってはやろうと思ってすぐにできるスキルではないと同時に、できる人にはできない人の気持ちを理解するのがなかなか難しいからです。


 以下耳コピについての私の考えを書いて行きます。この記事を読むことで、耳コピに躓く人が、自分はどこで躓いているのか、ジャズの上達のために自力で耳コピをしてジャズを楽しむためにはどうすれば良いか考えるきっかけになれば幸いです。尚、コピーは本来トランスクライブですが、耳コピという表現を踏襲して、本記事では「コピー」を使用します。


・耳コピの真の意義とは

 まずジャズの上達方法としての「耳コピ」の考察を進める前に、一旦、耳コピの真の意義について考察します。すなわち、ジャズの上達方法云々以前に、人と言うのは一般的に、自分の好きな音楽を聴いたとき、それを自分に取り入れ、自分で演奏したり再現したがるものだということです。

 

 これは特別に楽器経験が無くても、カラオケ、鼻歌、口笛などで誰もが経験をしているはずです。これらも広義では十分に耳コピと呼ぶべき行為です。カラオケのレパートリーを増やすのに、いちいち新しい楽譜を購入するか考えてみてください。ここまで一般化せずとも、音楽が好きで耳の良い人が、小学校、中学校位の時に、好きな曲を特に譜面無しでピアノで弾いたり、リコーダーでメロディを吹いていたというのはよく聞く話です。また、有名ミュージシャンが、子供の頃、テレビから流れてきたCMをピアノで弾いて遊んでいたというエピソードも事欠きません。


 ここまで考えた時、「ジャズの上達のために耳コピをしたいけれどもできない」と悩む人の悩みが「自分には好きなジャズがあって、それが何をしているのか知りたいにも関わらず、聞き取れない」という状況かどうかが、非常に重要なポイントとなります。

 

 更に言い換えるならば、「なぜあなたはジャズをやりたいのか?」という問いに対し「即興をしたいから、異性にもてたいから、何となく弾けたらおしゃれだから、クラシックピアノに飽きて違うものを弾きたくなったから」という類の回答だった場合、人間本来の重要な耳コピのモチベーション源が欠けていることに気が付くでしょう。それが意味することは、ジャズ上達のための重要なモチベーションが足りていないということです。


 繰り返しになりますが、ジャズの上達には耳コピが必須です。よって、ジャズが上手くなりたい人にとっての耳コピに関する悩みは「聞き取りたいけど聞き取れない」とか「なかなかまとまった時間が取れなくて、耳コピが進まない」であるべきであって、決して「耳コピしたくないのに、みんながやれと言う」ではないのです。

 

 ジャズが好きならば必然的に前者の様になるはずです。ただし、音楽の楽しみ方、取り組み方、センスは人それぞれですし、私は上記に挙げた様な「即興をしたいから、異性にもてたいから、何となく弾けたらおしゃれだから、クラシックピアノに飽きて違うものを弾きたくなったから」という理由でジャズをやりたいと思い、取り組む人を止めたりはしません。

 

 それに私が知らないだけで、人が共通して持つ耳コピの根源的なモチベーションを超越して耳コピする人もいるかもしれません。ただいずれにせよ、ジャズをやるならば、耳コピはするのです。


 さらに補足しておくと、専門的に訓練を受け、職業音楽家を目指す人レベルの人は、好みじゃないジャズミュージシャンのコピーをしたり、音楽を学ばなければならないこともあるはずですが、ここでは、もっとそれ以前の段階の話をしたいことはご理解頂けるかと思います。


・聴覚の個人差について

 この前提を理解したうえで、上記の「ジャズのアドリブを耳コピするのは、人によってはやろうと思ってすぐにできるスキルではないと同時に、できる人にはできない人の気持ちを理解するのがなかなか難しいから」という部分について更に説明します。


 聴覚は五感の一つであり、個人差が非常に大きいと同時に、感覚を他人と共有する、他人の感覚を理解するのが非常に困難です。同じ音楽を聴いていても、例えばオーケストラとかでは自分の楽器を注意深く聞いているという話を聞いたこともあります。よくある話では、聴き方が絶対音感的なのか、相対音感的なのかという違いもあるでしょう。


 私の知り合いで、その音が音楽的に成立しているか否かは関係なく、音が5個以上などの不協和音だらけのクラスター和音も全ての音を聞き取る人や、コード知識は無いけれども知っている曲ならどんなものでも瞬時に伴奏を付け自在に移調する人がいます。またYouTubeのアカウントには、私が一生かけても採りきれない程の、膨大な量の両手の耳コピ楽譜を配信している所もあります。


 一方で私は相対音感がほぼ皆無で、精度の悪い絶対音感的な聞こえ方をします。細かいこと言うと、初めて聞いた曲ではナチュラルと変の調(ホ長調と変ホ長調など)の区別もあいまいです。素直とは言えない和音や、一般的な名称が付いていない複雑なコード進行は、理論で補完しながら注意深く聞かないと聞き取れません。少なくとも聴き流しながら拾える、というのはあり得ません。


 それとボーカルには全く音感が反応しない(楽器ならばそれなりに正確な音名でメロディが聞こえてくるが、それが本当に一切なくなる)ため、例えばサラ・ヴォーンの枯葉のスキャットを採譜するとなると、恐ろしく時間がかかることが予想されます。


 ここで、もし私が訓練さえすれば上記のクラスター和音の人や、耳コピ楽譜配信アカウントの人の様な聴音能力を獲得可能なのかどうか?ということですが、経験上かなり厳しいのではないかと感じています。

 一方、彼らが、私の聞こえている音楽を自分のことのように理解できるかというと、きっと無理な話です。なぜなら彼にはそれらの音は全て聞こえてしまうためです。そして、もし私が複雑な和音の連続した音楽を、彼らと同じスピードと水準で耳コピしようとした場合、それは不可能です。


 ここで見方を変えて、私はボーカルに音感が発動しないと書きましたが、少なくともピアノの単音であれば、概ねスムーズに耳コピは可能です。しかし、人によって、このピアノの単音が私にとっての複雑な和音の連続のレベルに相当する場合はどうでしょう?申し訳ないですが、私はそれを理解することはできません。私はピアノの単音は(ずれる時は半音とか間違いますが)基本的に、音名が聞こえてきます。


 以上より、耳コピできる人は、そこに躓いている人に、安易に「耳コピ万能」だけをぶん投げて、それでおしまいにすべきではないのです。また、ジャズは取り組む人によって、その練習方法や学習方法、習得過程が千差万別で、個人差が激しいです。その主な理由もこの個人の聴覚の違いから推測することができます。


 すなわち、ジャズは究極的、極論的なことを言えば、耳コピまたは、上手い人とのアンサンブルのみが上達のカギであるのに対し、聴覚は個人差があまりに大きく体系化が非常に難しいスキルであること。併せて、その耳コピ能力を補完するために必要な理論の学習量やそれに対するモチベーションも、人によって大きく異なるということです。

 

 非常に単純化して考えたとして、仮に同じ全く同じ聴音能力の二人がいた場合、理論の勉強のモチベーションが高い方が、上手くなる可能性は高くなるわけです。同時にこれまでの経験上、耳が良い人ほど、聞こえてしまうために理論の勉強へのモチベーションや必要性を見出すことができず、自分の感性を信じて弾く傾向にあります。


 では、ピアノの単音でも聞こえない人は、もう耳コピできないのかというと、そうではありません。実は音程の判別能力については訓練で習得できるという研究結果があります。よく「相対音感は訓練で習得可能だから、耳コピはできるようになる」といわれますが、事実のようです。ただし併せて注意すべきは、訓練を止めるとその能力が失われる可能性もあるということです。


 ここまで来ると、当然、その訓練方法とはどういうものか?という問いが聞こえてきそうですが、先に私なりの回答を述べておくと、「聴き取れるものから始める。」です。殴られそうですが、難しく考えすぎている可能性があります。

 聞き取れるものならジャズのアドリブではなくて何でも良いです。例えば、有名な童謡のメロディを再現してみる。クラシックの有名な曲の旋律だけ弾いてみる。この辺りですと、正解があるので答え合わせもしやすいはずです。

 

 ジャズでも、アドリブではなくテーマの部分を単音からでも初めて見るのもいかがでしょうか。黒本と完全に一致することはないでしょうが、アドリブに比べればかなりハードルは低いはずです。コピーした後、音源と合わせて弾けばいい練習になります。


 本格的専門的に習いたいのであれば、インターネットの検索で出てくるように、たくさんの教育機関があり、そこで習得することは可能です。しかし繰り返しになりますが、ここで注意して頂きたいのは、耳コピは手段であって、目的ではないということです。あなたがやりたい音楽をやるために本当に必要な投資かどうかは慎重に見極めるべきでしょう。



耳コピの実践

 次に、ここまでの内容を踏まえ、実際のコピーの「考え方」ついて解説していきます。前提として、コピーはこれさえやれば魔法の様に明日から聞き取れるようになる。とか、これだけやれば大丈夫といったものはありません。

 それと、ここではコピーの「やり方」についてはあまり詳説しません。移動ド唱法とか、固定ド唱法とか言い出すと、正直私の手に余りますし、ブログの趣旨から外れてきてしまうからです。


 ということで、やり方ですが、聞こえてきたとおりに楽器で弾く。それだけです。そして既述した通り、自分がコピーできるものに取り組み、徐々にそのレベルを上げていくということになります。もう少し掘り下げます。耳コピの際に、その対象を①聞き取りたい(好き)かどうか、②聞き取れるかどうか、の軸で大雑把に4象限に分割してみます。


耳コピに関する説明をした図

最高の理想は当然、①聞き取りたいものを②聞き取れる状態です。しかし、そうであればこの記事はお読みになっていない可能性が高いので、ジャズ耳コピ難民のお悩みとしては、

・好きだが聞き取れない状態、または

・聞き取れるものはあるけれど、積極的に耳コピしたいと思えない

ということになると推測します。


 繰り返しになりますが、耳コピは聞き取れるものから聞き取って、徐々にそのレベルを上げていくことが重要になります。そう考えたとき、聞き取れるにも関わらず、その耳コピに積極的になれないものがあるとしたら非常にもったいない状況かもしれません。


 ではなぜそのような状況に陥るかというと、好きな音楽が好き過ぎるために、他にも良い音楽があるのに、それが相対的にかすんでしまっているパターンです。

 一例として、ピアニストではオスカー・ピーターソンのコピーにおいてこの事態が頻発していると思いますが、いかがでしょうか?彼のことは今更説明は不要ですが、小曽根真さんは言うに及ばず、多くのピアニストに影響を与えており、アマチュアのジャズピアノ愛好家でもそのファンは大変な数になることでしょう。


 しかし、一方で容易に11度を掴む手の大きさ(某動画で本人談)に加えてのあの技巧です。初心者の頃に音源からのコピーを諦めて、譜面があればヒントになるかもしれないとコピー譜を購入して、それを眺めて絶望した人は私だけではないはずです。


 私もその後一時期、コピーに躍起になっていた時期はありましたが、音は拾えても、演奏となると芳しい成果は得られませんでした。そこである時、彼のコピーや、あのように弾こうとすることをきれいさっぱり諦めました。あの音楽を自分の手で弾けない寂しさは感じましたが、同時に楽にもなりました。


 そして、それにより見えてくるものがありました。私は幸い、ビバップやハードバップのピアノを良いと思える感性があり、他にも好きなピアニストがいました。そこで、目標をそういった方向に切り替えたのです。つまり、ピーターソンに固執して挫折するより、少し起動修正をしてでも、自分ができることでジャズを楽しむことが大事だと思ったわけです。


 誤解のないように補足すると、こういった音楽が、ピーターソンのピアノよりも「簡単だ」と言いたいわけではありません。ただ、少なくとも技術的には再現可能な部分が多く、理論的に体系化しやすいので、学習や知識によってセンスの部分を補いやすと感じたのです。


 このように、視野を広げることで「積極的に耳コピしたいと思えないもの」や「見逃していたもの」が、「実は意外と好きだった」ということに気づくこともあるのです。


 更に言えば、あれから何年も経過した最近になって、改めてピーターソンのフレーズを聴いてみて気づいたこともありました。つまり当時の私はあまりにアドリブ全体やピーターソンのやっていることを一から十まで真似しようとし過ぎていたのです。

 

 そうではなく、短くても良いから真似できる部分も、探せば皆無ではなかったことに、経験不足のために気づいていませんでした。最近になって、そこをコピーするだけでも、結構幸せな気持ちになれることが分かってきました。

 このように、練習の継続によって得られた経験のおかげで自分の視野が広がることで、一度諦めたものにまた挑戦できる日も来るかもしれません。


 私のピーターソンの例は、演奏技術的な要素が大きいですが、耳コピの難易度も本質的には全く同じです。お手持ちのライブラリの音源を注意深く見直した時、文字通り1音たりとも完全に耳コピ不可能かどうか考えて頂きたいのです。そうでないならば、そこが突破口になるはずです。今一度、有名な童謡のメロディやクラシックの有名な曲の旋律、ジャズのテーマの部分にそれが無いか見直してみてください。きっとあるはずです。


・聞こえる範囲のことしかできない 

 それではアドリブを聞き取れるようになるまでどれだけ時間が必要なのだ。という反論があるかと思います。しかし、何事も段階があるように、難易度の高いことはいきなりできません。そして、耳コピの能力と、その人のジャズの演奏能力はある程度相関があります。


 クラシック初心者がいきなり英雄ポロネーズを弾けないのと同じで、ミディアムテンポのスタンダード曲のテーマのコピーが精一杯ならば、弾けるアドリブはそれ相応になります。


ここまで、耳コピについての私の意見を述べてきました。


まとめますと、

・耳コピというのは、そもそも好きな音楽を自分で表現したいという、人間の根源的な欲求に基づくものと考えられ、ジャズの上達方法以前に、その根本的な意義を忘れてはならない。

・また五感による感覚のため個人差が大きいので、耳コピに躓いている場合、そのポイントの見極めが重要である。

・耳コピは自分ができるところから徐々に発展させていく。

・自分の思い込みで、耳コピできる音楽を見逃している可能性があることに気を付ける。

ということになります。


 この記事をきっかけに、少しでもあなたにとって、耳コピが楽しいものになれば幸いです。


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  上記で「聞こえる範囲のことしか聞き取れない」と書いたとはいえ、人間はゴールが見えていない状態や、自分が頑張った努力に見合わないと感じる結果しか得られなかった場合、簡単に嫌になってしまうものです。逆に言えば、ゴールがイメージできて、努力相応あるいは努力感以上の成果が得られればやる気が出てくるわけです。

 そこでゴールを見えやすく、またそこまでの時間を少しでも短縮できないかと、教材(ジャズアドリブの練習法)を作成しました。この教材に1年真剣に取り組めば、余程センスがあって、独学で恐ろしく上達できるような人でもない限り、独学でのアドリブ練習や耳コピと比べて、少なくとも2倍、おそらく3倍は速くアドリブが上達するはずです。


 ここのフレーズは全てジャズジャイアントのフレーズを元にしているため、これをよく練習すれば、実際の音源で似たフレーズが鳴った際に聞き取れる確率が上がります。すなわち、耳コピ能力の向上につながります。また、ジャズに関する理解度も上がりますので、教材の練習が進むほど、どんな先生に習えば自分に合いそうかの判断力も向上しているでしょう。気になる方は、以下の商品リンクで詳細を確認し、購入してみて下さい。


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