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人間の認知の仕組みから考えるジャズの上達に音源の傾聴が必要な理由

  • 2024年6月1日
  • 読了時間: 10分

  こんにちは、ジャズピアノ研究室管理人の田中です。


 人間は、自分が無意識のうちに重要だと思っていない(*巻末補足あり)ことは認識しません。このことを考えていくと、ジャズの上達のためにいかに音源の傾聴が重要かということに気付き、上達のヒントが得られます。この記事を読むことで、人間の認知の仕組みを理解し、あなたの練習がより良いものになれば幸いです。


 早速ですが、ここで、傾聴と書いているのは理由があり、文字通り傾聴であって、何かをしながらBGMにするとか、単に音楽鑑賞として聞くということではない。ということです。


 もちろん、そういった聴き方をすること自体を否定するつもりは全くありませんし、ジャズの上達の観点からしても全く聞かないよりは、聞いた方が良いでしょう。しかし、真に自分がまだ見ぬ領域に達するためには傾聴をすることが望ましいです。


 ここで言う傾聴とは、静かな部屋で、集中できる状態を作り、(駅の発車メロディーを聞き取ってすぐに楽譜にできるような音感の持ち主以外は)音程を確認できるピアノやキーボードの前に座り、ヘッドホンやイヤホンで音を聴ける状態にして、再生速度と再生範囲(のリピート)を自由に変更可能なメディアを用意し、音源を聞くことです。要するに、コード進行の概要を聞き取るとか、上声だけを聞き取るという精度ではない、精密な耳コピをするということです。


 耳が良い人やセンスのある人からは、そこまでしなくても音楽は聞き取れるし、新しいアイデアは手に入るという反論があるかもしれません。おそらくそうなのでしょう。しかし、そんなあなたであれば、傾聴することで、まだ気づかぬポイントに更にアクセスできる可能性は上がります。この点については、後に補足致します。


 ここで、話を人間の認知に戻しましょう。人と言うのは、自分で思っている以上に認識できる情報を認識していません。まずそれを理解することが、第一歩です。それを知るために、お手数ですが、少しワークにお付き合い下さい。 スマホを使用した例を挙げますが、もしスマホをお使いでない方がいた場合は、一旦そのまま記事をお読みください。



 それでは始めます。


 まず、「あなたが非常によく使うお気に入りのスマホのアプリを1つ思い浮かべてください。」SNSアプリでも、ショッピングアプリでも、銀行アプリでも、なんでも構いません。思い浮かべたでしょうか。


 そうしましたら、次の問いが見えないように、ちょっと改行で空白を作ります。こちらの記事をパソコンでご覧になっている場合は、そのままお手元にスマホを用意いただければ大丈夫です。スマホでご覧になっている方は、このブログにすぐに戻ってこられるように準備して下さい。

では、質問です。

「そのアプリの周りを囲っている、8つのアプリを全て順番通りに答えて下さい。もし当該のアプリが端っこならば、2個隣のものまで含めて、なるべく8個に近い数を挙げて答えてください。そして、回答した後、スマホで正解を確認してください。」

できましたか?では、次の質問です。

「アプリを確認した時の、スマホのバッテリー残量と時計の時刻を回答してください。」



 あなたは両方正解したでしょうか?もし楽勝だった場合、残念ながら、この記事の説得力は落ちてしまいます。しかし、余程注意力がある方でなければ、恐らく正解できないと思います。できた方は素直に尊敬します。記事の説得力はなくなりましたが、よろしければ、一応、続きも読んで頂ければ幸いです。


 ここで言いたいのは、利用頻度が高いアプリのわずか数センチ外側すら、人間はその気がなければ認識していません。次に、注目するポイントが違えば、目に入っているはずのバッテリー残量や時間を気にしません。尚、もしスマホを持っていない場合、最寄り駅の電光掲示板に記載された情報でも何でもいいです。毎日何気なく見ているものの情報を、どれだけ正確に記憶しているか確認してみてください。




 音楽を聴くときにこれと似たようなことが起こっていると思いませんか?あなたはある音楽を聴き、楽譜を初めて見た時、(主にクラシックのピアノ作品)、聞こえている以上に楽譜が難しくて驚愕した経験はないでしょうか。聞こえてきやすいメロディーには意識が向くが、内声に注目できていない。といった状態です。「楽譜を見る」ことでそれに気づくわけですが、楽譜を見る代わりに「傾聴する」のがジャズをやる人達ということです。


 音楽を聴くときに、楽器をやる人は無意識に自分の楽器に注目するという知見があります。つまり、傾聴しないと、無意識のうちに自分の楽器を中心に聴き、その中でも聞こえやすいアドリブフレーズや和音のトップノートを聴いてしまいやすいのです。


 ジャズは個々の楽器の活躍も重要ですが、それ以外にも楽器同士のやり取りなどに意識を向けることが大切なため、そういった聴き方だけでは不十分なことが分かるでしょう。管楽器のソロ裏でピアノが何をやっているかも、ちゃんと聞かなければ聴くことは難しいでしょう。ちなみに「ちょっとその気になって聴けば、そこまで意識しなくてもちゃんと聞こえるよ」と思われた場合、ちょっとその気になっている時点で意識はそこに向いているので多かれ少なかれ傾聴になります。


 ちなみに他の楽器に注目するということに関して言えば、恥ずかしながら私も、つい最近になるまで、「クレオパトラの夢」でポール・チェンバースがB♭m7の5度がフラットしていないことに気付いていませんでした。


 以上を踏まえ、先ほど、耳の良い人でも、傾聴することでまだ気づいていないことを聞き取れる可能性がある。と書いた部分を補足します。すなわち、耳の良い人というのは、普段から音楽を認識している範囲は広いでしょう。しかし、あくまで広いのであって、傾聴していない限り、聞けていない部分はあるはずです。もちろん同じ音源を聞いた時に、耳の良い人とそうでない人は、同じ音源から汲み取る最大情報量が全く異なることも見逃してはいけません。


 おそらくエヴァンスがある音楽を聴き流している時に聞き取っている情報は、私が同じ音楽を死ぬほど傾聴している時に汲み取っている情報よりもはるかに多いでしょう。しかし、彼がその音楽を真剣に傾聴したら、聞き流している時に気付かなかったことを発見する可能性はあるはずだと想像します。そもそも、エヴァンスが音楽から汲み取れる情報量が桁違いだからです。


 逆の現象として、ある4ビートのベースラインが流れてきた時、余程トリッキーでなければ私はそれが枯葉やブルースのラインであることをほとんど瞬時に判断することができるでしょう。ジャズ初心者の人はそうはいかないはずです。しかし、ジャズ初心者の人でも、ラインをよく聞けば、判別できるということです。


 さて、ここからは、そのようにして傾聴して視野が広がると、そこから更にどのように上達に好影響を与えるか考えます。最も大きな効果として、それまで認識できていなかったことを一度、しっかり認識することで、次に同じようなものに出会った時に、それが認識できる可能性が上がります。


具体例としては、

・(ジャズに限らず)何度も聞いたことのある音楽は、喫茶店のBGMになっていても、一瞬でそれとわかる

・好きなピアニストの場合、聞けばすぐ誰だか判別できる

・はじめは聞き取れなかったブルーズ、循環、逆循環といったコード進行が、キーは分からなくても、相対音感で分かるようになる

・聞いたことがあるフレーズはそこまで意識しなくても聞き取れるようになってくる


 これらのうち、特に下の二つの効果は高そうだと思いませんか?ジャズのアドリブフレーズや決め事というのは、ある程度似ているものがあります。そのため、それを感覚的に理解できていない最初のうちは少し聞き取るだけでも大変な時間や手間がかかります。


 ところが人間というのは演奏の訓練を受けたフレーズを聴くだけで、その曲を聴くと脳の運動関連の領域が活性化するのです。それが、訓練を受けていないフレーズでは、聴覚野のみが活性化し、運動関連領野の活性は起こらないそうです。つまり「聞くこと」と「行うこと」を連携させる神経回路が存在するということです。


 このことから、傾聴によって「訓練されたフレーズを増やす」ことで、認識できるが範囲が広がり、上記のメカニズムがフレーズを実際に弾く際の助けとなるのです。


 ここで以下に、よくあるジャズのフレージングの例をいくつか載せておきます。


 これらをジャズフレーズの学びの足掛かりとして、一度、意識に落とし込むことで、あなたが音源でそれらを聴いた時に、それらを認識しやすくなります。同時に、実際に弾いている時のイメージトレーニングにつながり、運指や音の強弱などもより鮮明に訓練されるはずです。

(コード進行はFメジャーをベースに例示。ただし、1番目以外は一例です。ターゲットノートへのアプローチの感覚が分かれば、様々なコードに当てはめることが可能です。)


・ドミナントセブンスの3度から、直接あるいはアルペジオを介して♭9度へ跳躍し、次のコードの5度や3度に着地


楽譜


・短3度下へのディレイドリゾルブ(メジャーコードの5度から3度へ、など)


楽譜


・長3度下に半音でアプローチ(メジャー系のコードの3度からルートへ、など)


楽譜

・半音上へのディレイドリゾルブ(ドミナントセブンスの3度から、5度下の解決先コードのルート音へ、など)


楽譜


 その他、もう少し具体的なフレーズは、「ジャズスタンダード「I'll Close My Eyes」型のコード進行が、ジャズの練習に適している理由」の記事にも掲載していますので、気になる方は、是非そちらのブログもご確認下さい。基本的に私のフレージングではありますが、発想の出どころとしては、コピーなどで学んだフレーズもあるでしょうから、誰かのフレーズがそのまま入っているかもしれません。是非、上記のアプローチと併せて参考にしてみて下さい。


 まとめますと、人間は無意識のうちに、認知した情報から取捨選択を行っています。音楽においても、意識しないと聞こえてこない情報があるはずですが、そこに意識を向けることで、これまで聞き逃していた部分を聴くことができます。ジャズにおいても、例示したアプローチの方法を意識することで、実際の音源を聞いた時に、それらを意識しやすくなり、上達や耳コピの助けになる可能性があります。


この記事があなたの練習の役に立てば幸いです。


*補足説明

 今回の記事冒頭で、人間の認知の取捨選択の基準を、その情報の「重要性」と記載しました。この無意識のうちに判断を下している「重要性」について、途中、主に「音楽を聴くときに注目しやすい楽器」に置き換えており、そこに論理展開の甘さがある可能性をご了承願います。

 

 音楽以外の一般的な事象(世の中のニュースなど)の認知における「重要性」というのは、その個人の価値観、知識レベル、興味対象などによって決定されます。一方、音楽においてこの各個人の価値観等に相当する部分は、「耳の良さ」や「個人の音楽経験」という能力によって影響を受けるというのは、記事中盤でエヴァンスを例に挙げて補足した通りです。全体を通して、決してジャズや音楽の存在そのものに対し、重要性や存在意義の大小を述べているわけではありません。


ジャズピアノ研究室 管理人

田中正大


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